あちょ〜はいず〜


高橋あき子Jerry:中国武術・カンフーと私 そして映画…


純陽剣(じゅんようけん)

<横浜武術院 2016 中国武術文化交流大会にて>

中国武術では双方に刃があるものを「剣」、片方にあるものを「刀」といって区別しています。剣の中でも、中国の歴史の中で長く伝えられてきたものを「伝統剣」といい、競技会などで行われるアクロバティックなものを「競技剣」と呼びます。純陽剣は伝統剣のひとつです。


きっかけは一本の香港映画

1986年に日本で公開された香港映画「霊幻道士」。これが私とカンフーの初めての出会いでした。
当時小学1年生だった私は、姉がレンタルビデオで借りてきたこの映画を見て「なんだこの動きは!?凄い!」と感動しました。
キョンシーと呼ばれる吸血鬼を相手に、アクロバティックな動きで戦う道士とその弟子。
人生で初めて衝撃的な感動を覚えた瞬間だったと思います。

この時、道士を演じていたのは今は亡きラム・チェンインさん。そして弟子を演じたのはチン・シウホウさんでした。
2人の動きが「カンフー」と呼ばれる中国武術であったと知るのはそれからしばらくしてからでしたが、とにかく「これ、私もやりたい!」と直感的に思ったのでした。 (弟子役にはもう一人、リッキー・ホイさんがいました。コミカルな演技で多いに笑わせていただきました。)

とにかくカンフーを習いたくて仕方が無かった小学1年生の私ですが、地元でカンフーを教えている人など無く、少し遠出をすればいたかもしれませんがそんな情報を収集する方法も分からず、とにかく香港のアクション映画を見まくっては動きをまねていました。
当時はジャッキー・チェンの全盛期で、テレビでは多くのカンフー映画が放送されていました。「プロジェクトA」「スパルタンX」「サンダーアーム」「ポリス・ストーリー」「七福星」「カンニング・モンキー天中拳」などは特に好きな作品で毎日ビデオテープが擦り切れるほど見ました。台湾のキョンシー映画「幽幻道士」も流行っていましたね。「霊幻道士2」が公開された時には、母親に懇願して映画館に連れて行ってもらいました。

 

なかなか訪れなかったカンフーライフ

その後…
カンフーを習う機会はとんと訪れませんでした。その代わりと言っては何ですが小学校6年生で器械体操を習い始めました。「カンフーを習えないのなら、空手か柔道か器械体操を習わせろ〜!」と親に生意気な口を利いてやっとのことでした。
小学校のクラブ活動(4〜6年生)ではバトントワリングを習いました。そして中学校に入学後は新体操部に所属し、日々、練習に明け暮れました。外国選手の演技をノートに書き出し、フロアのどの位置でどんな技や難度を行ったか、などを自分なりに研究したりしました。大好きな選手は旧ソ連のオクサナ・スカルディナ、オクサナ・コスティナ、そしてブルガリアのマリア・ペトロバ。こん棒、リボン、フープ、縄、ボール、これらの手具をまるで生き物のように扱いながらも演技者としてひとつの物語を演じきる…ため息の出るような名作がたくさんありました。

ジャッキー映画、香港映画は相も変わらず見続けていましたが、同時にいろんなジャンルの映画も見始めました。「スタンド・バイ・ミー」にはまった後は、ハリウッド映画もたくさん見ました。この頃から、将来は映像関係の仕事がしたいと思うようになりました。そしてスウェーデン出身の映画監督、ラッセ・ハルストレムの作品「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」は新しい映像の世界を見た作品でした。フランスの巨匠、パトリス・ルコント作品にもはまりましたね。「髪結いの亭主」を見た時は高校生で、あぶなげな大人の世界にちょっとビビリ…ましたが、名優ジャン・ロシュフォールの即興的エキゾチックダンスに新たな衝撃を覚えました。パトリス&ラッセは以降、大好きな監督となりました。

 

「侍ダンス」に没頭した日々

さて、高校時代には英会話部、短大ではジャズダンス部・学園祭実行委員に所属。同時に、この頃全国でブームを巻き起こしていた”よさこい祭り”にも参加するようになり、名古屋で初のよさこいチーム「名古屋学生チーム鯱」の踊り子として全国の祭りを巡りました。
そして短大卒業後、国際教育団体・UP WITH PEOPLEに参加。世界中から集まった仲間たちとミュージカル、ホームステイをしながら世界を巡る日々。1年後に帰国し、再びよさこい祭りのチームに参加。高知県から疾風のごとくやってきた侍の踊り「メディアクロス98(通称:ウーハー)」を見て驚愕。このチームに参加し、空手とジャズダンスが融合した新たなジャンルのダンスに没頭しました。

 

上京、そして遂にカンフーを習い始める!

2001年2月、上京と同時に映像の制作会社で働き始めました。アシスタントディレクターとして徹夜を繰り返しながら番組を作る日々を送りつつ、念願だった中国武術・カンフーを習い始めました。そしてよさこいチーム「SP MEDIA98」を立ち上げ、さらにパワーアップした侍ダンスを踊るために、メンバーのみんなや踊りの先生と身体の研究に勤しみました。この時に得た身体の感覚・軸は、今の動きの基礎となっている気がします。
2008年10月以降は中国武術・カンフーに焦点を絞り、横浜武術院にて基礎からまた少しづつ積み重ねる日々を送っています。あらゆる武術の知識と経験を持った先生に出会うことができ、本当に嬉しく幸せに思います。

一番力を入れている武器は剣。徒手では、陳式太極拳と木蘭拳です。自分としてはもっと力強く豪快な動きをしたいと思っているのですが、いかんせんいろいろと試してやってみると、気持ちばかりが先走って身体がついていかず力んでしまい、練習の翌日にはヘトヘトになってしまうのです。気づいたのは、自分の身体に合うのは比較的ゆったりと動く武術だということ。もっと幼い頃に武術を始められていれば、豪快な動きもできるようになったのかな…と思いながらも、自分の身体が喜ぶ動きを楽しみながら修練していこうと思うようになりました。
とはいえ、まだまだ跳躍系の動きもジャンジャン練習していますし、当面の目標である側空翻(そっくうほん・手を使わずに行う側転)も諦めていません。旋風脚(せんぷうきゃく)だって、旋子(せんし)だってもっと高く飛べるようになりたいんです。思ってるだけでは上達しないので、練習します。はい。
また、昨年から始まった国際武術段位制において、本場中国で大会に参加し段位を取得したいとも考えています。最近では少しづつ太極拳や気功のレッスンの代行を勤めさせていただくようになりました。将来的には教える立場にもなりたいと考えていますので、知識と技術をしっかりと学んでいこうと思います。

 

これからの人生を健康に楽しく生きてゆくために…

そして今、これからの人生をもっと楽しく健康に生きていくために大切だと実感しているのが、養生(身体を健康に保つこと)です。健身気功五禽戯、八段錦、そして陳式太極拳。ゆっくりとした動きの中で身体のすみずみまで気を行き渡らせると、身体がぽかぽかになります。こういう動きを続けると免疫力がアップするそうです。
映像の仕事は、編集中にず〜っとパソコンを見続けます=肩や首が凝ります。撮影時にはカメラを持って被写体を追い続けます=腕がパンパンになって筋肉が硬直し、足裏が痛くなります。こればかりを続けていると、身体がまいってしまい、せっかくの作品作りにも影響が出てしまいます。
これからも楽しく仕事を続けたいからこそ、中国武術を続けます。そして中国武術と映像をコラボさせ、世の中の人々が楽しくなるような作品を作りたいと思っています。小学校の頃に影響を受けた一本の映画が、私の人生の軸を作り、今日まで繋がっている… 
そう思うと…

あの時ビデオを借りてきてくれた姉に、感謝せざるをえません!!!


木蘭拳(もくらんけん)

<横浜武術院 2016 中国武術文化交流大会にて>

木蘭拳は正式には木蘭花架拳(もくらんかかけん)といい、ディズニー映画「ムーラン」でも描かれました。
隋の時代、花木蘭(ファ・ムーラン)という男装した女剣士の武術が後に宮廷の護身術として取り入れられたもので、舞踏の要素が武術に加わった健身気功に属する拳法です。

 

総集編

これまで演武会で披露させていただいた映像を、旦那さんが編集して総集編を作ってくれました。
ちょっとお恥ずかしいですが、ご覧頂ければ幸いです(^_^;)

 

 

MAIL : akikojerry@topaz.dti.ne.jp

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